というよりは通勤読書ですが

とう小平 政治的伝記 (岩波現代文庫)

とう小平 政治的伝記 (岩波現代文庫)


建国60周年記念行事を以って、毛沢東、(登おおざと)小平、江沢民、そして胡錦濤とつながる公式の現代史が成立したわけですが、日本の政権交代など及びもつかないような壮絶な政争が繰り広げられてきたのだろうなあと、誰しもが思うところ。とりわけ市場政策を打ち出した(登おおざと)小平に至っては、奇跡の復活が少なく見ても三回はあったという。そんな彼がまだ毛沢東の下で頑張っていた頃のこと、


50年の毛沢東の最大の目標は、人民日報の元旦の社説で述べたように、「中国全土開放」だった・・・50年前半、西南築でチベット問題をおいて、日常業務以外取り立てて何もなかった・・・西南地区は五つの省、すなわち四川・貴州・雲南・西康と名義上だけのチベットから構成される。


で、この西南地区の事実上の担当者は、(登おおざと)小平であり、


チベットは西南地区固有の重要問題で、特別の注意を必要とした。それ自体が特別な問題であるのに加え、ボス毛沢東の関心がとりわけ高いのでなおさらだった。50年1月、モスクワに滞在中、毛沢東は(登おおざと)小平に直接、電報を打ってきた。「イギリス、インド、ネパールが皆わが国を承認した。チベット問題はずっと解決しやすくなった」と。


んー、チベットを治めるものは中国を治めるといったところか。それから、ダライ・ラマは日本なんかに来るよりも、ここら辺(イギリス、インド、ネパール)を集中的に攻略するほうがよっぽど効率的なんじゃないんですか?と、素人なりに、思ってしまう。


それにしても、はてなは、「とうしょうへい」の変換ができない!